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やばめだけど日記(4)…最近でも困っていたこと「視覚優位」

  栗原類さんが最近発達障害ということを世間に公表されたようで、本屋でパラパラ程度ですが本を見てみました。

 

発達障害の僕が 輝ける場所を みつけられた理由
 

  今度買ってみようかなと思っています。栗原さんは私と違って聴覚のほうが視覚よりも優位だったみたいで、うるさい音がとてもストレスになっていたそうです。私は……心理検査をしてくれた心理士さんに検査後の会話の中で「視覚優位ですね」と言われました。耳で聞くのが苦手で、目で見る方が情報を頭に取り入れやすいようで、その時に初めて自覚しました。

 私はADHDの診断が下りてからストラテラという薬を飲むようになったのですが、それまでせんせーに出された薬はいつも飲むのを忘れてしまい、また複数の薬があるとどう飲めばいいかぱっとわからずにいつも困っていました(いらんこと言いのせんせーが、一応出しとくけどこれは飲んでも効かないと思うよとか言うから余計忘れててもまあいいかとか思っちゃうし)。もちろん、薬剤師さんが普通に文字でちゃんと印字してくれているのですが、どうして私にはわからないんだろうと考えて、調剤袋にこのように絵を描いてみました。

  

 ↑できるだけ簡潔に。 これでいつどの薬を何個飲めばいいのか一目瞭然です。これをちゃんと見れば飲み間違うことも面倒で飲まないまま忘れる習慣になることもなくなりました。確かに私は視覚優位で、カプセルの色や数を把握するには文字による説明より絵の方がぱっと見てわかりやすいです。もちろん文字をちゃんと読めば理解はできるけれど、毎日毎日何て書いてるか忘れてしまうので、毎日一から読み直さないといけないのが面倒で面倒で、それで飲まなくなってしまうようです。

  今は、寝る前に青い細長いのを2つ(40mg×2錠)、朝に半分青半分白の細長いのを1つ(25mg×1錠)で、一日105mgです。以前朝と夜半量くらいずつ飲んでいたら、毎日夜中に途中で目が覚めてしまうので、夜を多めにしてもらいました。

  これはいい例というか、視覚に敏感なことがあるのが良い働きをする例ですが、妙なところで敏感過ぎて苦労していることもあります。

 

 

 栗原さんが騒音に悩んでいたように、私は目に雑多な情報が入ってくるとうわあああとなってしまっていました。(ストラテラを飲み始めて何か月か経ちますが(すみません何か月かはわからないです)、そのせいか大分良くはなってきています)。よくツイッタをやっていた頃添付画像を表示しない設定にしていたのに何故か自然に表示されてしまうようになったりして、ツイッタってそういう強制的なのが苦手でした。それがハロウィンの時期だったんで最悪です(メイクでグロいゾンビの画像とか)。もともとツイッタとかスマホとかやり方が全然覚えられなくてストレスだったのに、見たくない画像が目の前にバンバン入ってくるのは私の場合かなりのストレスで。また画像が表示されないように設定したり、公式以外のアプリを使ったりしてはみたんですが、今度はアイコン(プロフィール画像)です。タイムラインを見ていくと、嫌でもその画像がたくさん目に入ってきます。これは消せません。これだけたくさんツイートやリツイートが回ってくると結構私の苦手な画像がたくさんあって、動くやつは怖いとわかるんですが、その他は私もどれが大丈夫でどれが大丈夫でないのかよくわからないです。とにかく受け入れられないものは本当に受け入れられなくて、それがどわーっと来ると……。リツイートは嬉しかったんですが画像の氾濫は実はちょっとつらかったです。

 

   

 実はこれは本当、ダメ人間過ぎて人に言えなかったことなんですが、「本の表紙」がかなり厳しいのです。私は本が大好きで、本屋さんに行くのは楽しいです。でも、本屋さんに並んでいる本は大抵表紙にカバーがついて、そこに絵か写真、文字が描いてあります。もちろん平気なものの方が多いと思うし、視覚でかなりの影響力があるのは多分平積みのだけです。その表紙の絵が、嫌で嫌で本を手に取れなかったり目を背けてしまったりで、表紙のせいで読めないことはもともとよくありました。特に人の顔の書いてあるものに苦手なものが多い気がします。

 子供向けの本は特に嫌いな感じの絵が多かったので、子供の頃は子供らしい本より極力表紙にも絵があんまり無い、挿絵も無い本の方が読みやすいことが多かったです。

 文豪とかの顔を描いた普通のイラストでもだめな時はだめです。(←ダメって、その絵がダメなんじゃなくて、受けいれられない私の受容体がダメということです)好きな作家さんだから買ったものの表紙が苦手で、どうしても読めない、という本が今も手元にあって。もし恐怖症のようなものとか、気のせいなら克服したいと思うんですが。絵は、うまい下手は一切関係ありません。うまいな、可愛いな、と思っても目をそらしてしまったり、嫌だ、と思ってしまうことがあるのです。そうなると拒否反応が出て、中を見るのが難しいです。

 これは本に限らず絵一般なのですが、身近な方やよく話す方の描かれた絵は大丈夫なことが多いのです。そういう、気分の問題なのか、それとももしかしたら人の描く絵を見る機会があった時、もしその絵が苦手だと思って、その上その方がそれをよくネットに上げたりするのを知った時点でもう私はその方からすっと離れているのかもしれません。ネット上では現実世界より結構簡単に人様の絵が観られるし、簡単にその人から離れられます。絵がその人そのものってくらい結びついていて、話したりする度にその絵がしゃべってるような気持ちになっています。何かのスタイルや思想がダメなわけでもないんじゃないかと思うし……個性的なタッチの人の顔の絵が苦手? 違うかな……絵について無知過ぎて分類もできないんですが、必ずではないけど、歪んだ線、その人の特徴を強調した絵、描き込んでいるのに物理的におかしい絵、3DCGみたいな、物理的におかしい感じの立体絵、アニメっぽい絵はダメなことが多い気がします。(←もう一度。ダメって、その絵がダメなんじゃなくて、私の受容体が。テレビで動いてるアニメを見るのは静止画より多分平気だと思います)漫画っぽいのはバリバリ流行りの感じの絵でも大丈夫なことがあるのですが、髪型がダメとかいうことも……不思議なんですが。どういう訳かすごく上手いのにやっぱり受け入れられないこともあります。

 そういう絵が表紙となるとやはり、中が読めなくなります。読もうと思っても読めないくらいだからよっぽどきついのかもしれません。もちろん無理矢理読むこともあるし、そこまで深く考えていませんでしたが。好きじゃない絵の顔を見たら、その顔のイメージがずっと頭の中に残ってしまい、その絵でストーリーが繰り返し再現され続けたり、また、何か関係ない別のことを考える時にもその絵で延々と再現されてしまったりして、しばらくずっと嫌な感じで私についてきてしまうような……頭の中支配されるようで怖いのかな??  気を悪くされた方本当すみません。ここまで絵のことを悪しざまに言ったのは初めてで、この点では私は悪人だなと思います。言わなきゃいいんだけどどこかで吐き出したかったのかも。普段人前では黙ってるけど実は余計な事ぺらぺら、かなりおしゃべりなんで。世の中の嫌な人は皆が好きで嫌な人やってるわけじゃないと思うけど……わからないけど。

 

   

  学校の美術の教科書も苦手な絵が多かったです。特に人の絵です。好きでも嫌いでもないんでなく、嫌、見たくない、あっち行って欲しい。考えたくない。というくらいです。自分でも何かえーーー??? 何でってなります。逆にすごく好きな絵もたまにあるんですが、好きなの以外はあまり目に入れたくなかったです。何でしょう。絵の中の情報量が多すぎるとか?? 印象が強すぎる? 私の中の理想や完璧を求めすぎ? 私の中のコンプレックスを刺激する? 絵から受ける何らかのネガ感情や差別意識(か何か?)を認めたくないから? 違うかな、何だろう? 誰か教えて欲しいです。

 人以外なら写真は(幽霊とか怖い虫とか以外)何でも大丈夫で、というかそういえば子供の頃から私は写真を撮る時に人を入れるのを極端に嫌っていました。端っこにちょこっとでも写って欲しくなくて修学旅行でも(写ルンです)人がいなくなるのを待って景色や花を写したり。だから自分も本当は写らなくてもよかったし。ただ、人物の写真は、自分の子供と、他人だと「私好みの」美少女の写真みたいなものなら大丈夫です。お人形は全然問題ありません。

 写真を見るのは割と好きです。また、写真や絵でない、実際の人や動物や風景では視覚的に苦手ということは特にありません。現物を見る感覚は他の人とそんなに変わらないと思います。

 何かなあ。墓場まで持っていくべきことだったかもしれません。(現在はストラテラを飲んでいるせいか??人の絵を見てもそんな苦しくない気がします。そんな嫌な気持ちというのがこの薬で治るもんなのかよくわからないですが)

    

 

 

 その他、お年寄りによく聞くような(汗)商品名がわからない問題とか。私はこれじゃなきゃ駄目な気がする拘りを持ってしまうことがあり、いつも大体決まった商品を買うんですが、パッケージの見た目で覚えていて、商品名やメーカーがどうしても覚えられません。パッケージが変わるとかなり焦ります。増量、とかはいいけど。

 ハンドソープ、シャンプー、洗剤などは詰め替え用を買ってるので中身を間違えると困ります。ああいうのは違うメーカーで似たようなのがあるのと、店舗によって同じシリーズでも扱ってる匂いが違うのはよく間違えてかなり困りました。(せーり用品は本当に似た感じのパッケージが多くて、いつも同じのを買いたいのにいつも違うのを買ってしまいます。あれも結構自分に合わないのが有るのでかなり慎重に探しますが、間違えます。切実。)

 こっちはまあどうでもいいのかもですが、私は以前レトルトカレーの「カレー職人」を試食して美味しいなと思い、買う時はそれを買うようにしていたんですが、カレーのパッケージって結構皆さま似てるので、間違えて咖喱屋カレー」を買ってしまうことがあります。漢字も何も全然違うんですが、視覚で覚えてると言っても所詮私の脳、その程度の見た目しか覚えていませんし、人の顔を間違えるような感じでかなり混同します。画像検索してみたら縦書きか横書きかも違った。そして名前もメーカーも思い出せないので店員さんにも聞けないし、店頭にカレー職人が見つからなかったら近所の店で売ってる咖喱屋カレーばかり目に入ることになるので、今度はその画像が頭に定着してしまい、今度はこれがあの美味しかったやつだと思い込んで、油断するとわざわざこれを買ってしまいます。でも味が全然違うので買い間違えると本当に嫌なんです。

 

   

 

 よくいろんなもの間違えて買ってイライラしてしまい、やっぱり拘ってしまうんですね私は……。

 

  周りを見ると、特に発達障害とかでなくても感覚の優位性が人によって違ったりするみたいですね。

 また、視覚優位の私でも聴覚に過敏になる事はもちろんあります。近くでいきなりシャッター音がしたら、どきっとして凄いキョロキョロしてしまいます。あの音は一瞬で理解できますね。電子音とはいえ。これは以前盗撮被害に遭ったからあの音と結び付いたというのがあると思いますが、結構街中で聞こえてくるんですよね。聞き逃してないとは言えませんがかなり過敏になってます。あと、盗撮じゃないけど外国人観光客が街の風景とか人波とか撮ろうとしてこっちにカメラ向けるのやめてほしい。後ろでカシャとか聞こえると、ん?!?!?! ってきょろきょろしてしまい。本当に嫌で逃げ回ってます。この話題はまた違う問題かも。

 

 ADHD日記、すみませんまたつづきます。あと1つか2つ?